休んでいる間に大変なことに

すっかり体調が良くなった次男は颯爽と登校して行った。

この日は授業参観にPTA総会、修学旅行説明会の予定があったのだが
私の体調は全く回復しない。…行くのをあきらめた。


次男が持ち帰った支援級の担任との連絡ノートを見ると
「修学旅行は支援級の4人で班行動をすることになりました」
と、書かれている。

え? なんで?

次男に「これ、どういうこと?」と聞いても
「そうなったみたい…」


そうなったみたいって、また、何の連絡もなしに!!
年度末に先生から修学旅行はどうするかと聞かれたので答えた。
「交流級ですべて参加します」と。

それに、過去にもいろいろといい加減さを見てきているので
忘れられては困ると思い、念には念を入れ
文書としてまとめてお渡ししたのだ。

そこまでしたのに、ナゼだめになったのか…

実は、その文書をすぐに教務の先生に見せられたところ
教員の数の都合もあり、修正を求められた。
国語は支援級でという希望だったが交流で受けてほしいとのこと。
まあ、仕方がないので受け入れた次男。

その後、新学期が始まると交流級と支援級の時間割をあわせるのが
難しいとのことで、支援級で希望していた数学と美術も
交流級で受けることになってしまったのだ。
幸い、交流級の雰囲気がいいのか居心地が良さそうで
次男も別にいいけど…という返事。

結局すべての教科を学校の都合で交流級で受けるはめになっていたのだ。
そこへ来て、皆が楽しみにしている修学旅行だけは
交流級で参加できないなんて、どうかしている。

次男によると特に理由説明はなかったという。
次男の表情は沈んでいるようにも見えた。
毎日持ち帰る交流級の学級だよりには楽しげな修学旅行準備の様子が記されているのになんという疎外感。
このまま黙って受け入れるわけにはいかない。
感情的になってしまっている。
誰に言おうか。担任か。いや、適当にあしらわれても困る。

興奮が抑えられずに、頭の中をいろんなケースがぐるぐる回る。
ふと、とくに理由があるわけではなく、単に担任が全く忘れているだけなのだという思いが大半を占めてきた。
何とかなるかもしれない。
少し落ち着きを取り戻してから教務主任の先生に事情を聞くことにした。

結果、関知していないので担任から連絡させますとのこと。
ふむふむ。検討された結果ではないということね。


しばらく後に支援級の担任から電話。
「私、聞いてました~?」と軽~い返事。 イラッ

「もう、交流級では班編成もすんで準備も始まってるんですよね~」 
知っとるわいっ

「学年の先生方からは支援級の子はまとまって行動してほしいって言われてるんですよ」
それは、時間やお金の管理が難しい子たちのことでしょ、
うちの子は何一つサポートを求めませんから

「STに、参加することになりますよ。」 
わかってますって



次男が悲しそうな顔をしてるんです。と大げさに言ったら
「悲しそう… ですか… 」
そんな、のらりくらりな会話が続き、私が折れないとわかると
「わかりました。お母さん。私にまかせてください!!」
        
何言ってんだか、この人は。
もう、何でもいいや、状況が変わるのであれば。
そこはスルーして、お願いしますと電話を切った。


ほどなく交流級の担任から電話。
「事情を聞きました。お母さん、ご安心ください。」とのお返事。
一件落着。


次男に報告すると、言葉はなかったものの表情が明るくなった気がした。

それからは、交流級の班に入れてもらえ次男の表情が生き生きとしている。
あー、間に合ってヨカッタという感じ。
ただ、支援級のもう1人の子が次男の移動とともにもれなく付いてくるらしく
振り回されてるのはその子なんだーと、次男が言う。
ちょっと申し訳ないけど、希望が通ってよかった。

あのままだったら、次男が3人の支援級の子と先生を引率する羽目になってただろうなー。ホントにいい加減で適当な先生みたいです。



それから数日後、
支援級の担任から電話があった。
「お母さん、この度は申し訳ありませんでした。」
何を今さら?

怪訝に思っていると、交流級での班活動の様子をたまたま見に行ったらしい。
そこで、次男のはじけんばかりの笑顔を初めて見たのだと…。
事の重大さに先生は身をもって気付かれ、
心から出たお詫びの言葉と理解しました。

子どもの笑顔はいい加減教師の心も動かすのですねー。
めでたしめでたし。  








ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック